manaou's note

後で読みたいと思うメモをノートに

信用の正体

みなさん、こんにちは。

 

この会社でタマに聞くキーワードで「踏み絵」という言葉があります。戦国時代の隠れキリシタンではありません。リアルに聞いた時は、結構驚きましたが、言っている側はマジです。本気です。観察してみると、自分たちにとって役に立つ存在なのかどうか、自分たちのやり方を尊重してしてくれるのか、自分たちの望む方向に真剣に頑張ってくれるのかを見定めていて、それをクリアしたかどうかを「踏み絵」という言葉で表現しています。

 

この現象について、いくつか気になるところがありまして、まず、「郷にいれば、郷に従え」が正義であること。「村長(むらおさ)がルールを決める」こと。例えば、こんなことが起こります。異動してきた部下に対して、「過去、活躍していたかもしれないけど、今日からはゼロからスタートだと思って欲しい」と声をかけます。うわー、って感じですね。正しい応対としては「はい。わかりました。ボスに従います。」とし、これまでの仕事のスタイルは一旦脇に置いて、新たなお作法だったり、報告スタイルだったり、少し重要度の低い仕事へのアサインにもコツコツと取り組み、信頼を勝ち得て初めて一味になります。

 

これは軌道修正したい振る舞いのひとつなのですが、「上司の方が偉い」「昔から居る方が偉い」という感覚がどこかにあります。「偉いなら、手を差し伸べようよ」と思うのですが、逆に「尊重されるべき」で「従って当たり前」のような感覚が備わってしまっています。長い目で見て、どちらが得なのかははっきりしていると思います。あの時、他部門から移ってきて、イキっていたので、鼻をへし折ってやったことは、鼻をおられた側は一生忘れません。酷い場合はメンタルになってしまうかもしれません。逆に、イキっていることを暖かく受け止めた上で、活躍して貰えば、部下からは感謝しかないでしょう。過去、一緒に仕事をしたこともない自分に対して、こんなにも暖かく受け止めてくれたと。

 

さて、少し観点を変えてみて、上司はなぜ「踏み絵」を踏ませるのかを問うてみると、それは信用できるかどうかを試しているのだと思います。いざという時に逃げ出さないか、有事の際に信用できるか。そのために、敢えてキツめの言葉を投げかけて、反応を観察します。ふて腐れたり、手を抜いたりするのはもっての外です。こいつは信用に値しない、という判断になると、それはもう酷いことになります。冷遇が待っています。内部に置いておくのもリスクというような扱いで、排除しようということにもなりかねません。ギャングや海賊の発想ですね。危ない橋を渡るので、信用できない奴は組織に置いておけないと。

 

任される組織が大きくなったり、会社の規模が大きくなれば、外部からも人が入ってきますし、知らない人も大勢いますし、ローテーションもしなければ発展できません。そうするとこれまでの「踏み絵」スタイルのマネジメントは、早晩、限界になってきます。であれば、「踏み絵」を踏もうが、そうでなかろうが、とにかく受け入れて、組織の発展のために頑張ってもらおうと暖かに受け入れることが大切だというわけです。とにかく抑え込もう、従わせよう、ではなく、自分自身がしなやかに構え、異なる主義主張を持つメンバーを率いて、事業を発展させたいと思う仲間を増やしていかないとダメですね。