manaou's note

後で読みたいと思うメモをノートに

恥と成長

みなさん、こんにちは。

 

いつものように昔話から始まりますが、経営企画部門にいた頃の上司が話していたことを思い出しました。正確には覚えていないのですが、「恥を感じない人は成長しない」というような内容です。指摘されたり、怒られたりした際に、そのことを恥ずかしく思い、奮起し、自分を高めていくようなことが身についていないとダメだ、そんな趣旨でした。

 

その際には、なるほど、そういうものなのかと思い、私も根が真面目で「悔しがり」でしたので、大いに共感していました。そして、素直にご指摘いただいたことを悔しいと思い、新たな知識を獲得したり、論理的に深く考えることにより、論じ合うことを身に付けていきました。確かに、キャリアの成長の一つの過程としては、この手の努力は必要で、若かりし頃の私にとっては栄養になったのだと思います。

 

さて、一方、ある程度会社で上位の役職になると、上記のような感じで指摘されたり、怒られたりする機会は当然少なくなります。この流れで「恥をかく」ことはある意味ではなくなってしまいます。これはこれで仕方のないことのように感じますし、恥が無ければ、奮起しないということにはならないでしょう。ですが、この「恥をかく」ことが少なくなった結果、恥に対し、過度に反応してしまいがちなように思います。

 

優秀な部下は役員に恥をかかせてはいけないと、さまざまな角度で忖度をします。役員側も「私に恥をかかせるな」的なことを知らず知らずのうちに発言していることもあるでしょう。お膳立てをいただいた上でお客様と会う、社員からは歓迎されている風(実際のところ、どうなのかは分かりません)であれば、ますますそうなります。

 

何を言いたいかというと、敢えてそういう場を作らなければ、「恥をかく」機会がないということです。恥を忍んでみなさんの前に出でお話しすることだったり、自分のプライベートを曝け出したり、失敗談を語ったり。そうすることで、確かに少し恥ずかしい思いをするのですが、むしろそこに飛び込んでいって、役員だって所詮は同じ人間で、失敗を重ねて上位の役職に至ったことを知ってもらうようなことが大切なのだと思います。パッとした印象で、役員ともなると、若い頃から仕事は完璧で、偉くなった今もシュッとしていて、ダンディだったとして、そんな役員を社員が親しみやすいと思うでしょうか。応援したい、この人のために頑張りたいと思ったら、それは奇跡ですね笑

 

どちらかというと、泥臭く頑張ってきて、人間味があって、悩みながらも、皆さんのために頑張っているような姿の方が社員からすると喜ばしいかもしれません。共感をしてくれる方も多いでしょう。ただ、普通に役員然と過ごしているだけでは、必ずそうはなりません。なんか偉そうでもっともらしいことを述べて、仕事を迫ってくる、そんな存在なのでしょう。ということもあり、会社で役職が上になればなるほど、恥ずかしい思いを敢えてしにいくことで、逆に得られるものがあるように感じたわけであります。